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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4341号 判決 1998年4月27日

控訴人

梅澤秀文

右訴訟代理人弁護士

武藤春光

小野淳彦

被控訴人

梅澤文彦

右訴訟代理人弁護士

香川保一

中島一郎

滝田薫

長久保武

福田浩

友光健七

野間啓

被控訴人

梅澤文雄

右訴訟代理人弁護士

友光健七

野間啓

被控訴人

梅澤磯江

梅澤恵理

外一名

右二名法定代理人親権者

梅澤磯江

被控訴人

梅澤真光

株式会社十仁産業

右代表者代表取締役

梅澤磯江

右五名訴訟代理人弁護士

大下慶郎

納谷廣美

西修一郎

被控訴人

梅澤恭子

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

福家辰夫

松永信和

鈴木克巳

被控訴人

梅澤眞理子

右訴訟代理人弁護士

河原勢自

主文

一  原判決中、控訴人と被控訴人梅澤文彦、同梅澤磯江及び同梅澤恭子とに関する部分を次の二ないし六のとおり変更する。

二  控訴人と被控訴人梅澤文彦との間において、東京法務局所属公証人古谷菊次作成に係る昭和六二年第一八六七号公正証書による遺言者梅澤文雄の遺言が無効であることを確認する。

三  被控訴人梅澤文彦は、控訴人に対し、別紙主文三関係登記目録記載の各登記をいずれも別紙相続人・持分一覧表の氏名欄記載の各人の持分の割合を同一覧表の相続分欄記載のとおりとする更正登記手続をせよ。

四  被控訴人梅澤磯江は、控訴人に対し、別紙物件目録記載第四の一ないし八の各不動産について、東京法務局港出張所昭和六二年六月八日受付第二四八八八号所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

五  被控訴人梅澤恭子は、控訴人に対し、別紙物件目録記載第四の九の不動産について、東京法務局渋谷出張所昭和六二年六月五日受付第二二四五四号始期付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

六  控訴人の被控訴人梅澤磯江及び同梅澤恭子に対するその余の請求をいずれも棄却する。

七  控訴人の被控訴人梅澤文彦、同梅澤磯江及び同梅澤恭子を除くその余の被控訴人らに対する控訴をいずれも棄却する。

八  訴訟費用は、控訴人と被控訴人梅澤文彦との関係では、第一、二審とも、同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人梅澤磯江との関係及び控訴人と被控訴人梅澤恭子との関係では、いずれも、第一、二審を通じて、これを二分し、その各一を控訴人の、その余を右各被控訴人の負担とし、控訴人とその余の被控訴人らとの関係では、控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す

2  主文二項と同旨

3  主文三項と同旨

4  被控訴人梅澤磯江、同梅澤文彦、同梅澤恭子、同梅澤慶紀、同梅澤眞理子、同梅澤恵理、同梅澤仁、同梅澤文雄及び同梅澤真光は、控訴人に対し、

(一) 別紙物件目録記載第三の一ないし七の各不動産について、売主被相続人梅澤文雄・買主控訴人間の昭和六一年八月八日売買

(二) 別紙物件目録記載第三の八及び九記載の各不動産について、売主被相続人梅澤文雄・買主控訴人間の昭和六二年一月一二日売買を原因とする各所有権移転登記手続をせよ。

5  控訴人と被控訴人株式会社十仁産業との間において、別紙物件目録記載第三の一〇の不動産が控訴人の所有であることを確認する。

6  主文四、五項と同旨

7  被控訴人株式会社十仁産業は、控訴人に対し、別紙物件目録記載第五の一及び二の各不動産について、昭和六一年一〇月二八日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

8  控訴人と被控訴人らとの間において、控訴人が被控訴人株式会社十仁産業の株式一二四〇株の株主であることを確認する。

9  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

三  被控訴人梅澤文彦

本件控訴をいずれも却下する。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決三枚目裏七行目の「欠如」を「欠如等」と、同九行目の「抹消登記」を「更正登記」とそれぞれ改める。

二  原判決四枚目表八行目の次に行を改めて

「(三) 亡文雄は、昭和六二年六月一七日、死亡した。」

を加え、同一一行目から同裏一行目にかけての「の各土地」を削る。

三  原判決四枚目裏一行目の「)」の次に「の各土地」を加える。

四  原判決五枚目裏七行目の「本件遺言」を「(一) 本件遺言」と、同九行目の「(一)」を「(1)」とそれぞれ改める。

五  原判決六枚目一行目の「(二)」を「(2)」と、同四行名の「(三)」を「(3)」とそれぞれ改め、同五行目の次に行を改めて

「(二) また、控訴人と被控訴人文彦、同磯江及び同恭子は、昭和六二年一〇月一五日、亡文雄の遺産の分割について、誓約書(乙五。以下「本件誓約書」という。)を取り交わし、その中で、亡文雄が生前その財産(被控訴人十仁産業及び十仁グループ関連会社の株式及び不動産を含む。)について相続人らに対して行った遺言、死因贈与、売買等一切の法律行為はすべて無効なものであることを相互に確認する旨合意した(以下、右合意を「本件五項合意」という。)。

(三) したがって、いずれにしても、本件遺言は、無効である。」

を、同六行目及び同七行目の各「事実」の次にいずれも「3及び」をそれぞれ加え、同八行目の「遺言が亡文雄の遺言能力の欠如により」を「のとおり本件遺言は」と、同一〇行目の「各売買契約」を「各売買契約等」とそれぞれ改め、同一一行目から同裏六行目までを削る。

六  原判決六枚目裏七行目の「(二)」を「(一)」と改め、同九行目の「各土地」の次に「及び建物の持分」を加え、同一一行目の「(三)」を「(二)」と改める。

七  原判決七枚目表三行目の「(四)」を「(三)」と、同六行目の「(五)」を「(四)」と、同九行目の「(六)」を「(五)」とそれぞれ改め、同行目の「設立」の次に「及び増資」を、同行目の「株式」の次に「合計」をそれぞれ加え、同一〇行目の「(七)」を「(六)」と改める。

八  原判決七枚目裏二行目から同八枚目裏一行目までを次のとおり改める。

「4 相続による被控訴人十仁産業の株式の取得

控訴人は、亡文雄の死亡に伴う相続により、亡文雄が有していた被控訴人十仁産業の株式一二四〇株のうち控訴人の法定相続分一八分の一に相当する六八株を取得した。

5 被控訴人磯江及び同恭子の各登記(争いのない事実6及び7の各登記)の無効

争いのない事実6及び7記載の各登記は、亡文雄の意思に基づくものではないか、仮にそうでなくとも、本件五項合意により、その登記原因である贈与及び死因贈与は無効であるから、いずれにしても、実体のない無効な登記である。」

九  原判決八枚目裏二行目の「三」を「四」と、同三行目の「(三)(七)」を「(六)」とそれぞれ改め、同行目の「、第二」を削り、同六行目の「(三)」を「(一)(3)」と改める。

一〇  原判決九枚目表一行目から同四行目までを

「3 仮に第一、第四及び第六売買契約締結の事実が認められるとしても、控訴人主張の本件五項合意により、右各売買契約は、無効である。

4 ところで、本件誓約書は、亡文雄の死亡後遺産分割を巡る家族間の紛争が顕在化する危険が高まっていた状況の下で、こうした家族間の紛争を未然に防止し、家族内の円満な協議と相互協力により円滑かつ早期に遺産分割を実現するために合意され、作成されたもので、そこでの合意の中心的な内容は、遺産の形成に最も貢献し、かつ、最も多い法定相続分を有する被控訴人磯江に遺産の分割の権限を与え、被控訴人磯江の提示する分割案に従って亡文雄の遺産分割を円滑かつ円満に実行することにあり、控訴人主張の本件五項合意は、本件誓約書の主要部分である被控訴人磯江の提示する分割案により遺産分割が円滑かつ円満に実行されることを停止条件としたものである。

しかるに、控訴人は、本件誓約書に調印の直後から、本件誓約書の効力を争い、被控訴人磯江の提示する分割案に異議を述べ続けてきたため、遺産分割はいまだ完了していない。したがって、右停止条件は、いまだ、成就していない。

5 また、控訴人が本件誓約書中の自己に有利な本件五項合意のみを主張することは、信義則ないし禁反言の原則に違反するものであるし、控訴審の最終段階に至ってこのような主張をすることは、時機に遅れた攻撃防御方法の提出であって、許されない。

6 さらに、本件誓約書中には、亡文雄の遺産分割については一切の法的手続による係争をしない旨の合意(以下「本件三項合意」という。)があり、本件訴え及び本件控訴の各提起は、右合意に違反し、不適法であるので、本件控訴は、却下されるべきである。」と、同五行目の「四」を「五」と、同六行目の「(二)(三)」を「(一)(二)」と、同一〇行目から同裏七行目までを

「3 仮に第一、第四売買契約締結の事実が認められるとしても、控訴人主張の本件五項合意により、右各売買契約は、無効である。」

とそれぞれ改める。

一一  原判決九枚目裏八行目の「五」を「六」と、同九行目の「(二)(三)」を「(一)(二)」と、同一一行目の「六」を「七」とそれぞれ改める。

一二  原判決一〇枚目表一行目の「4記載の売買契約」を「3(一)(二)記載の第一、第四売買契約」と、同二行目の「を引用する。」を「のとおり。」と、同三行目の「七」を「八」と、同四行目の「(二)(三)」を「(一)(二)」と、同五行目から同七行目までを

「 2 被控訴人磯江の主張3のとおり。

3 被控訴人恭子は、昭和六二年一月六日、亡文雄から、別紙物件目録記載第四の九の不動産について亡文雄の死亡を始期とする贈与を受けたが、右贈与が本件五項合意により無効になったことは、争わない。」

と、同八行目の「八」を「九」と、同九行目の「(四)(五)(七)」を「(三)(四)(六)」と、同一一行目の「(六)」を「(五)」とそれぞれ改める。

一三  原判決一〇枚目裏一行目から同三行目までを

「3 仮に第三、第五及び第六売買契約締結の事実が認められるとしても、控訴人主張の本件五項合意により、右各売買契約は、無効である。」

と、同四行目の「九」を「一〇」とそれぞれ改め、同八行目から同一〇行目までを削り、同一一行目の「4」を「3」と改める。

一四  原判決一一枚目表二行目の「5」を「4」と、同四行目の「6」を「5」と、同六行目の「7」を「6」とそれぞれ改め、同七行目の次に行を改めて

「7 被控訴人磯江と亡文雄との間において、昭和六二年一月六日、別紙物件目録記載第四の一ないし八の不動産について贈与契約が締結されたか。

8 被控訴人恭子と亡文雄との間において、昭和六二年一月六日、別紙物件目録記載第四の九の不動産について亡文雄の死亡を始期とする贈与契約が締結されたか。

9 本件五項合意により、本件遺言等が無効となったか。

10 控訴人が本件五項合意を主張することが信義則又は禁反言の原則に反するか。また、時機に遅れた攻撃防御方法の提出に当たるか。

11 本件訴訟及び控訴の各提起は、本件三項合意に反する不適法なものか。」

を加える。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  当裁判所は、控訴人の本件請求は、被控訴人文彦に対して本件遺言の無効確認及び同被控訴人に対してされた所有権移転登記等の更正登記手続を、被控訴人磯江に対して所有権移転仮登記の抹消登記手続を、被控訴人恭子に対して始期付所有権移転仮登記の抹消登記手続をそれぞれ求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないからいずれも棄却すべきであると判断する。その理由は、次のとおり、訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決一二枚目表七行目の「7」を「6」と改め、同八行目の「第一」の次に「、第三」を、同行目の「契約」の次に「等」をそれぞれ加える。

2  原判決一三枚目表六行目の「窺われ」から同八行目末尾までを「窺われる。」と改める。

3  原判決一三枚目裏一行目から同二行目にかけての「行った」の次に「本件遺言及び」を加える。

4  原判決一四枚目表二行目の「争点1(遺言能力)」を「亡文雄の遺言能力」と改め、同一一行目の「照らすと」の次に「、医師の目から見ても、亡文雄の意思能力には格別の問題はなかったことがうかがわれるのであり」を加える。

5  原判決一五枚目表二行目の「理由がなく」の次に「(なお、控訴人は、遺言能力の存否は、遺言の有効を主張する側において遺言能力の存在を主張立証すべきであると主張するが、当裁判所は、遺言能力についても、一般の意思能力と同様、遺言能力を争う側においてその欠如を主張立証すべきものであると解する。)」を加え、同四行目から同一九枚目裏四行目までを次のとおり改める。

「三 次に、本件五項合意の効力について検討する。

1  本件五項合意による本件遺言の効力の帰趨

(一)  控訴人は、本件五項合意によって本件遺言は無効になったと主張する。

そして、本件五項合意の存在については、控訴人と被控訴人文彦との間において争いがない。そうすると、本件遺言は、前記二で検討したとおり、亡文雄の遺言能力に欠けるところがなく、有効に成立したものであるとしても、他に特段の事情のない限り、本件五項合意によって、無効になったものといわざるを得ない。

(二)  被控訴人文彦は、右の点について、(1)本件五項合意は停止条件付きであるところ、右停止条件は、いまだ成就していない、(2)控訴人が本件五項合意を主張することは、信義則ないし禁反言の原則に違反し、また、時機に遅れた攻撃防御方法の提出に当たり、許されない、(3)控訴人の本件訴え及び本件控訴の各提起は、本件三項合意に反し、不適法である、と主張する。

前記認定の本件誓約書成立に至る経緯及び乙第五号証の記載によると、本件誓約書は、亡文雄の死亡後、既に同人の生存中から起きていた同人の遺産の分割をめぐる相続人間の争いが激化する危険が高まる中で、相続人の中心的存在である亡文雄の妻である被控訴人磯江並びに実子である控訴人、被控訴人文彦及び同恭子の四名が、こうした家族間の争いを回避し、円満に遺産分割を行うことを目的として合意し、取り交わしたものであり、第一項において、控訴人、被控訴人文彦及び同恭子は、亡文雄の遺産(被控訴人十仁産業及び十仁グループ関連会社の資産を含む。)の管理に関する一切を遺産分割が完了するまで被控訴人磯江に一任する旨、第三項において、控訴人、被控訴人文彦及び同恭子は、被控訴人磯江に対し、遺産分割に関する事項をすべて委任し、被控訴人磯江が定めた遺産分割案に関して一切異議を述べず、かつ、同被控訴人が遺産分割について決定した事項に関して訴訟の提起その他の方法による一切の法的手続きによる係争をしない(本件三項合意)旨、第五項において、控訴人、被控訴人文彦及び同恭子は、亡文雄が生前に行った本件遺言、贈与、死因贈与等その他一切の法律行為はすべて無効であることを相互に確認し、被控訴人磯江が行う遺産分割に従う旨(本件五項合意)等が合意されていた。本件誓約書の右合意内容によれば、亡文雄の遺産の分割については被控訴人磯江に一任し、同被控訴人の定めた遺産分割案については一切異議を述べず、訴訟等によって争うことをしないことが合意されたことは認められるが、本件五項合意が被控訴人磯江の定めた遺産分割案が実行されることを停止条件としたものであるとは解し難く、むしろ、被控訴人磯江が遺産分割案を作成する前提として、遺産分割案作成の障害となる亡文雄が生前にした本件遺言を初めとする一切の法律行為の効力を否定し、これがなかった法律状態に戻すことを相互に確認したものであると解される。したがって、本件五項合意が停止条件付きであるとの被控訴人文彦の主張は、採用することができない。そうするとまた、被控訴人磯江が本件誓約書に基づいて作成する遺産分割案について、控訴人がこれに異議を述べ、訴訟を提起する等してその効力を争うことが許されるかどうかはともかくとして、亡文雄がその生前にした本件遺言等の法律行為の効力を争うこと自体は、何ら本件誓約書における合意(本件三項合意)に反するものとはいえないというべきであるから、本件訴え及び本件控訴の各提起の不適法をいう被控訴人文彦の主張も、理由がない。さらに、控訴人は、原審において争っていた被控訴人文彦主張の本件誓約書の効力を当審の最終段階に至って認め、本件誓約書中の本件五項合意を本件遺言の無効原因として追加し、その主張を変更したが、控訴人は、これにより、自己の有利に本件遺言無効の主張を変更しただけではなく、その反面において、後記するとおり、自己が主張していた第一及び第三ないし第六売買契約の無効を容認することになるという不利益を被ることになるのであるから、控訴人の右主張の変更は、自己に有利な合意のみを主張するものとはいえないのみならず、もともと、本件誓約書及び本件五項合意の存在及びそれが有効なものであることは、被控訴人文彦が原審以来主張していた事柄であって、しかも、本件五項合意の内容は、前記のように、亡文雄がその生前にした本件遺言を含む一切の法律行為を無効にするというものであって、被控訴人文彦にとっても、控訴人主張の右売買契約を無効にするばかりでなく、本件遺言をも無効とするおそれがあるといういわば両刃の剣的な内容のものであり、控訴人が、このような内容の本件五項合意を援用し、控訴人主張の右各売買契約が無効になることを敢えて容認した上で、本件遺言の無効を主張してくる可能性は当初からあったのであり、被控訴人文彦も、そのような可能性を容認した上で、本件誓約書及び本件五項合意を主張したものというべきであって、控訴人が右のようにその主張を変更したことにより被控訴人文彦が不測の不利益を被るという関係にあるともいえないから、控訴人の右主張の変更は、信義則ないし禁反言の原則に反するものとはいえないし、また、時機に遅れた攻撃防御方法の提出に当たるものともいえないというべきである。

以上のとおりであるから、被控訴人文彦の前記主張は、いずれも理由がなく、採用することができない。したがって、本件遺言は、本件五項合意によって無効になったというべきであり、他に右判断を妨げるべき特段の事情も見当たらない。

2  本件五項合意による第一及び第三ないし第六売買契約の効力の帰趨

控訴人は、控訴人と亡文雄との間に第一及び第三ないし第六売買契約を締結したとして、別紙物件目録記載第三の不動産について所有権移転登記手続を求めるが、亡文雄がその生前にした売買その他の一切の法律行為を無効にする旨の本件五項合意が有効であることは控訴人の自認するところであるから、仮に右売買契約締結の事実が認められるとしても、右売買契約は本件五項合意によって無効となったというべきである。

3  本件合意による被控訴人磯江と亡文雄間の贈与契約の効力の帰趨

被控訴人磯江は、昭和六一年一月六日亡文雄から別紙物件目録記載第四の一ないし八の各不動産の贈与を受けたと主張するが、本件五項合意の存在は、控訴人と被控訴人磯江との間においても争いがないから、仮に右贈与の事実が認められるとしても、右贈与も、本件五項合意によって無効となったものというべきである。なお、本件誓約書の本件五項合意の文言は、前記認定のとおり、亡文雄が実子である控訴人、被控訴人文彦及び同恭子に対して行った遺言、贈与、売買等の一切の法律行為は無効とするとなっていて、亡文雄がその生前被控訴人磯江に対して行った贈与等は本件五項合意の対象になっていないかのようにも読めるが、本件誓約書成立に至る前記の経緯及び本件誓約書全体の内容に照らすと、亡文雄がその生前被控訴人磯江に対して行った贈与等も本件五項合意の対象に含まれ、これにより無効になったものと解するのが相当である。

4  本件五項合意による被控訴人恭子と亡文雄間の始期付き贈与契約の効力の帰趨

被控訴人恭子は、昭和六二年一月六日亡文雄から別紙物件目録記載第四の九の不動産について亡文雄の死亡を始期とする贈与を受けたと主張するが、本件五項合意の存在は、控訴人と被控訴人恭子との間において争いがないから、仮に右始期付き贈与の事実が認められるとしても、これも、本件五項合意によって無効になったものというべきである(被控訴人恭子も、右始期付き贈与が本件五項合意によって無効になったことについては、明らかに争わない。)。

四  株主の地位確認請求について

仮に第六売買契約締結の事実が認められるとしても、それが本件五項合意によって無効になったことは、前示のとおりである。したがって、第六売買契約により亡文雄から被控訴人十仁産業の株式一〇二〇株を買い受けて取得したという控訴人の主張は、採用することができない。

控訴人は、また、被控訴人十仁産業の設立及び増資の際合計二二〇株の株式を引き受けたと主張するが、控訴人提出の陳述書(甲一五九)の外に証拠はなく、これを認めるに足りない。

控訴人は、さらに、亡文雄の有していた被控訴人十仁産業の株式一二四〇株のうち控訴人の法定相続分一八分の一に相当する六八株を相続によって取得したとも主張するが、亡文雄の遺産の分割はいまだ未了であるから、亡文雄の遺産である右株式は、いまだ相続人ら全員の準共有に属するものといわざるを得ず、遺産分割を待たず当然に、控訴人がその法定相続分に相当する六八株を取得したものと認めることはできない。

したがって、控訴人の被控訴人十仁産業の株主であることの確認を求める請求は、すべて、理由がない。」

二 よって、原判決中、控訴人と被控訴人文彦、同磯江及び同恭子とに関する部分は、一部不当であるから、これを変更することとし、控訴人とその余の被控訴人らに関する部分は、正当であるから、右部分に係る本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官杉原則彦 裁判官星野雅紀は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官石井健吾)

別紙物件目録<省略>

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